書を読んで 書を信じるな

読んだ書籍(漫画含)の感想などをいい加減に書き連ねるブログです

いわゆるナコルル騒動に関する雑感

くたびれはてこ(id:kutabirehateko)氏の記事を読ませて頂き、懐かしさと同時にネットに蔓延るヘイトスピーチについて色々と考えさせられた。



kutabirehateko.hateblo.jp


ストリートファイターⅡの歴史的大ヒットに端を発する対戦格闘ブーム。その当時の女性キャラクターなどというものはストⅡの春麗餓狼伝説2の不知火舞らに代表されるように、多少の例外はあれども概ね性格は勝気で高飛車、コスチュームは露出度が高いかボディラインを強調した性的アピールの強いものが一般的だった。最近の格ゲーは詳しくないけれども、今でもそんなに変わらないのかな。

そんな当時において高飛車ナイスバディの女王様キャラとは正反対のナコルルという個性を生み出し、4半世紀を経た今日に至ってなお対戦格闘ゲームの世界で現役を務めているというのだから、当時のSNKのキャラクターメイキングに於けるセンスの凄まじさや恐るべし。
まあ、ナコルルの初出作品「サムライスピリッツ」のもう一人の女性キャラ「シャルロット」は典型的な金髪おフランス美人の女王様キャラだったけれども。

その「ナコルル」がキャラクター性能から一部のユーザーの反感を買い、中には「アイヌ死ね」なる侮辱を公言する心無い者まで現れる事態に発展しているという。「真サムライスピリッツ」の頃の最弱ぶりを知る者としては隔世の感があるが、今はそれはどうでも良い。

看過し得ぬほどの悪意に満ち満ちたナコルルさんへのヘイトスピーチに対し、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」の理念に基づき、メーカーに然るべき周知と対応を求めたはてこ氏の公開嘆願書であるが、残念ながらはてブ界隈での反応は否定的なものが多数を占めている。そして、はてこ氏にとっては頗る不快ではあろうが、私もその否定的なブックマークに大体は肯定的である。


例えば、SNKプレイモアナコルルアイヌへの偏見や先入観を強めるようなキャラクターに改悪したとしたら、それは当然メーカーへの苦情や意見という形で尊重されて良いし私も支持する。しかしながら、文脈からしてナコルルを指している事が明らかな「アイヌ死ね」にまでメーカーが一定の見解を示せ、実際にそのツイートを目にして傷つくアイヌがいるはずだからメーカーの方でも反応せよ、と主張するのはやはり行き過ぎに思える。
その理屈で言うならば(マジョリティたる一般的な日本人男性の氏名と、「アイヌ死ね」以外にもこれまで様々な偏見や差別に苦しめられてきたマイノリティたるアイヌとの差異を敢えて無視して喩えるならば)「誠死ね」によって幾度となく不快な気分を余儀なくされた全国の伊藤誠さんにも私達は想いを馳せるべきであろう。

そうしたメーカーへのヘイトへの対応を求める声が大きくなり、面倒事を嫌うメーカーが火種のもとになりそうなキャラクターを予め排除、ないし予め作らないという、消極的な姿勢を助長させる結果に繋がりかねない事を危惧する。美形だが没個性的な二枚目キャラ、テンプレ通りの美少女キャラ、どこかで見たことのあるような悪役キャラ…そんな無難なキャラばかりが再生産され、ゲームから人物の多様性が喪失することを私は憂える。出来れば杞憂であってほしい。

今回はたまたまアイヌナコルルが槍玉にあがったけれども、今後他のキャラクター達がナコルルと同じような事態に陥らない保証などどこにもない。
嫌韓主義が蔓延している昨今においては、ふとしたきっかけで不特定多数の憎悪が韓国チームのメンバーに向けられるかもしれない。
どーでもいーけど、昔は「キム・カッファン」だったのが今は「キム」なんだね。「カッファン」という名前は朝鮮語的に不自然だからというのがその理由だったっけ(うろ覚え)。

game.snkplaymore.co.jp

それはさておき韓国だけじゃない。ブラジルだって、メキシコだって、中国だって、日本のキャラだって、ほんの些細なきっかけからヘイトが燎原の火のごとくに広がる可能性は常にある。はてこ氏やそのフォロワーは、その都度メーカーや声優に呼びかけを求めるのだろうか。アイヌのみを特別扱いするのでない限りはそういうことになる。声優さんも大変だ。

反差別の末席に勝手に座っているつもりの者としては、SNKプレイモアや声優が件の嘆願に対しノーリアクションだったとしても、理性あるはてこ氏やそのフォロワー諸姉諸兄にはSNKヘイトスピーチを黙殺する企業だだの、あの声優はヘイトに加担しているのかなどと過度の反応を示される事は控えていただきたいと思う。
時間と体力を消費して書き上げた嘆願書を無視されて愉快な人などいるはずもないが、流石にそれで攻撃対象が企業や声優に移ろうものなら、言葉は悪いが「反差別の中の過激派」でしかない。



翌日には嘆願書への反応と、それに対するはてこ氏の反論をまとめたエントリーが公開されたが、幾つかの反論には「ん?」と思わざるを得ないところがあった。


kutabirehateko.hateblo.jp


・声優さん関係ないだろ

「ルールを守って楽しくゲーム」をアナウンスしていただくのに声優さん以上の適役があろうか。キャラクターを問わずKOF14に出演された声優さんたち、なかでも長年ナコルルを担当された生駒治美さんとKOF14を担当された中原麻衣さんはとくにナコルルが火種になることを望まないと思うよ。

声優は仕事としてキャラクターの声を充てるのであり、それ以上の要求はやはり「お願い」ではあっても、受け取る側からすれば「過度な要求」とうつっても仕方がない。声優の本分からはだいぶ逸脱した要求にも思える。

仮に声優さんがはてこ氏の嘆願を聞き入れたとして、その後無責任なバッシングに晒される可能性は決して低くないと思う。
ネットの世論では「アイヌ殺す」をヘイトスピーチと看做すのは無理筋ではないかという声の方が多数派を形成しているようだし、「アイヌ殺す」=ヘイトが論理的に証明されたとしても、それはそれでヘイトスピーチが大好きなネット右翼や差別主義者から執拗な誹謗中傷を受けることだろう。その様子が悪質なアフィサイトで面白おかしく消費され、最悪の場合本業にまで影響する可能性もある。
勿論悪いのはバッシングする方に決まっているが、そこまで考えた場合、自分であればたとえお願いであっても軽々に声優さんに申し出ることは出来ない。責任も取れない。

・仲間内の「民族名+殺す」発言は民族の排除や暴力を目的としたものとはいえない

大阪市の条例はそれらを「目的としたもの」としているが、本来は意図的、故意であることは必ずしもヘイトスピーチの条件ではなく、それがマイノリティへの差別を扇動するものであるかどうか。*2民族+殺す発言が民族排除を意味することは明らかで、実際朝鮮人学校襲撃などのプラカードで非常に多かったのは「死ね」「殺す」などだった。同様の表現を公の場でおこなうことがマイノリティにとって脅威であることはあきらか。

「保育園落ちた日本死ね」もアウト?(民族名ではないけれど)
アイヌ死ね」の前後の文脈を読む限りでは、発言者が差別の扇動も排除も目的にしていないことは明らかなのだが。



あと、これははてこ氏の記事ではなく匿名記事だけれども

anond.hatelabo.jp

ドイツ人/ユダヤ人に置き換えた場合、当該の発言がいかにヤバい発言になるか分からないはずはないと思うが、どうだろう?

どうだろう?と言われても実際に類似の例を提示して頂かないことにはどうしようもない。
ドイツ人が実在ではなく架空のユダヤ人キャラクターに「死ね」「殺す」と公言し、サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)のような反ユダヤ主義を監視する団体から警告を受け、社会的信用を失ったという事例があるのであれば後学の為に是非ともご提示いただきたい。

というか、もしも日本よりも遥かに差別問題に鋭敏なドイツで類似の例があり、しかし発言者が社会的信用を失うほどではないという社会的合意が既に形成されていたとしたら、「アイヌ死ね」はセーフになるのだろうか。ドイツを引き合いに出すということはそう解釈せざるを得ないが…。




ただ、「非実在」の人物に対するヘイトがヘイターによって工夫され、悪用され、ヘイトスピーチを正当化するための隠れ蓑にされる可能性は決して皆無ではないとも考えさせられた。つまり、例えば差別主義者が特定の属性を有するキャラクターのグッズなり、手書きのプラカードなりを持参して「○○(属性ではなく固有名詞)は死ね!」「○○を殺せ!」などと街中で連呼したとする。咎められても「いや、これは特定の属性を有する架空のキャラに対する悪口であって、実在の人間を対象にしたものではない」などと陳腐な言い訳を用意されると、現行法では対処が難しいし、警察も介入をためらうかも知れない。本来のヘイト法はそのようなケースまでは想定していないからだ。
今後、このナコルル騒動を奇貨として、ヘイトスピーチ対策法の目をくぐり抜けることに特化した「より洗練されたヘイトスピーチ」(変な言葉)が編み出されない可能性はどこにもない。そうした懸念に備えることは決して杞憂ではないし、その意味ではくたびれはてこ氏には貴重な問題提起をして頂いたと感謝している。